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      <title>自然の中でルルリラ</title>
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      <description>自然は良いですね！元気の源。エコツーリズム。</description>
      <language>ja</language>
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         <title>民衆の遊技、サッカー</title>
         <description><![CDATA[
禁止令がしばしば発布された以外にも、フットボールに対する厳しい批判の言葉が表明されることがよくありました。


たとえば、ヘンリー6世の時代(1422～61年)に、ある修道士がイングランド中部の州ノッティンガムシアの町コーントンでのフットボールについて次のように書いています。


『・・・彼らが気晴らしのために集まって行なった遊技のことをフットボールと呼ぶ人たちもいる。


これは田舎の娯楽であって、若者たちが大きなボールを空中に投げ上げるのではなく、地面の上で打ったり転がしたりしながら進めていく、それも、手ではなく足を使って進めていく遊技なのである。


これはじつに忌まわしい遊技と言わねばならない。


この遊技は、終了時にはほとんどいつも何らかの損失や事故や競技者自身の損害が付随しており、少なくとも私が判断するところでは、他のどんな遊技よりも粗野で下品で無価値なのである。』


・・・このようなフットボールの粗暴さに対する批判は珍しいものではなく、これと同じような批判は、社会的に高い地位にある人びとによってしばしば表明されたのです。


しかし、中世添ら近代にかけて、どれほど批判されようとも、またどれほど禁止されようとも、フットボールは民衆のあいだに深く根ざし、民衆から強く支持された、民衆の遊技でした。


そうしてやがておしゃれな<a href="http://www.alma-japan.com/" target="_blank">サッカーユニフォーム</a>が出来上がり、民衆の中でのサッカー人気はますます高まっていくこととなるのです。



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         <pubDate>Tue, 18 Oct 2011 13:14:53 +0900</pubDate>
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         <title>星座の形</title>
         <description><![CDATA[星座の形は、それらのものとは似てもにつかない―この点は占星家によって認められている(小規模な実験で、われわれは十二宮を形成している星の実際の位置を多数の人びとに示し、どれが獅子、蝋、双子などに見えるかと彼らにたずねた。


偶然以上の確率で言い当てたものはだれもいなかった)。


さらに、人をまどわせる遠近効果のために、月や惑星が星座の中にはいっているようにみえるのです。


占星術の創始者たちは、星が地球から、せいぜい数マイルのところにかたまっていると考えていたのです。


距離の問題は重要です。


惑星が人間のできごとにどんな影響を与えようとも、われわれの頭上近くをとりまく天空からやってくると考えるほうがはるかに容易だからです。


実際には、惑星は数百万マイルはなれていて、さらに、たがいに影響しあっていると考えられている星座はさらにその数倍もはなれています。


別の見方をしても、象徴性の基礎は、実際に不正確なものであることが示されています。







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         <pubDate>Wed, 14 Sep 2011 11:51:09 +0900</pubDate>
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         <title>ハンドルを戻す</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.menkyo-pts.jp/" target="_blank">合宿免許</a>で初心者としてもっとも注意することは、「ハンドルを戻す」という意識をもつことです。


ハンドルを切ったら、戻す行動にすぐ入れる態勢を作りましょう。


ハンドルを手で戻す方法ですが、戻し方は、切る場合と逆の方法をとります。


ハンドルをまわした状態を、映画フィルムを逆まわしするように、実行してください。


ハンドルを大きく切って手を離すと、ハンドルは自動的に戻ります。


しかし、車が止まっていたのでは戻りません。


戻るのは動いているときだけです。


戻る強さは、速度が高くなるほど大きくなります。


この復元力を利用して戻す感じは、ハンドルを切って手を離せば体験できます。


実際の運転では手を離してはいけません。


必ず手を添えて、状況が変われば、いつでもコントロールできる態勢にしておいてください。
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         <pubDate>Fri, 17 Jun 2011 19:42:15 +0900</pubDate>
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         <title>ホログラム</title>
         <description><![CDATA[クレジットカードやビデオの海賊版防止用シールとしてよく利用されてNる立体印刷に、「ホログラム印刷」があります。


これは銀色をしたシールに、角度によってフルカラーの立体画像が浮かび上がる印刷で、従来は技術的にも難しく、費用も高かったために一般的にはあまり使われていなかった。


しかし、印刷技術の進歩によって、偽造されては困るものへ広く使われるようになりました。


このホログラムは、今述べた2つの写真的な方法で情報を記録するのとは全く異なった原理で、立体的な印刷像をつくります。


そして、今の時代では、<a href="http://www.recycle-toner.com/" target="_blank">リサイクルトナー</a>も活用されています。

]]></description>
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         <pubDate>Tue, 03 May 2011 11:20:31 +0900</pubDate>
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         <title>眠りは無意識ではない</title>
         <description><![CDATA[睡眠中は反応が抑制されているのですが、それでも無意識とはとても言えないのです。

夢遊病などは別として、病気でない人間も一様に<a href="http://www.bederabi.com/" target="_blank">ベッド</a>で夢を見ます。

覚えていなくても、毎晩一定期間おきに見ているはずなのです。

金縛りなども、最近では脳と身体のコミュニケーションがうまくいかないからだとも言われています。

睡眠は古い現象で、多くの異なる種類の動物にみられます。

行動パターンから特徴をつかむと、安全な場所への移動があり、そこでは、何かをしたいという気持が劇的に低下するので、継続する一定の期間を無活動無反応で過ごすことになります。

この行動パターンは、捕食者から身を守り、環境の厳しさから逃れ、エネルギー需要を軽減させるなど、いろいろの生存上の利益を動物に授けています。

睡眠は特定の身体的修復過程が生じる時期でもあるのかどうかは別問題であって、今後の検討を要するでありましょう。]]></description>
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         <pubDate>Wed, 20 Apr 2011 13:43:44 +0900</pubDate>
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         <title>美味しいと思うと残る</title>
         <description><![CDATA[食事文化の特色が食物のあり方に影響を与え、それが各地の栄養生態類型の特徴を規定することがしばしばみられるわけである。

この場合、とくに重要なことは、民族により、あるいは文化によって、食物の嗜好性が著しく異なることであり、それによって食物の選択が行なわれることである。

もっとも身近な例としてモチ性食品の例をあげることができる。

インドから東南アジア、中国中南部を経て日本に至る地帯は、現在、稲作地帯になっている。

以前にはアワ・キビ・モロコシ・ヒエなどの雑穀類もかなり栽培されていたと思われるが、これらの禾本科作物の種実に含まれるデンプンは、一般に粘り気のないウルチデンプンである。

しかし、突然変異で種実内に粘り気の強いモチデンプンをもつ個体もしばしば現れるという。

問題は、そうしたモチデンプンを「うまい」と考えるかどうかである。

ヒマラヤの南麓から中国中南部を経て日本に至る照葉樹林帯では、原因はよくわからないが、とにかくネバネバしたモチデンプンを「うまい」と考える文化が存在し、そこではモチゴメだけではなく、モチアワ、モチキビなど、多くのモチ種の品種群をつくりあげた。

それとともに、モチをはじめオコワやチマキなど、各種のモチ性食品をつくり出すに至ったのである。

うまいと思わない地域では別の物で必要な栄養を補ってきた。

今で言う<a href="http://napure.jp/" target="_blank">モリンガ</a>などのサプリメントのようなものを使うこともあった。]]></description>
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         <pubDate>Mon, 31 Jan 2011 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>第三世界の成長のシナリオ　8</title>
         <description>ラテン・アメリカ文化の大きな背骨として、カトリック教があります。


おおまかにいって、北米のプロテスタントに対し、南米のカトリックということがいえましょう。


従来、このカトリック教は、非常に保守的とされてきました。


30年以上前の南米、およびフィリピンで、カトリック教会が果たした役割は、保守というより、もはや反動ともいうべきものでした。


バチカンを中心とするカトリック教会は、その反共主義はともかく、完全にラテン・アメリカの近代化を防げる勢力として、その影響力を行使してきたのです。


ところが、最近、このカトリック教会の第三世界、とくにラテン・アメリカに対する姿勢が大幅な変化を見せてきました。


今回のニカラグア革命や、ラテン・アメリカの民主化運動に対する姿勢に明瞭なように、全面的にとはいわないまでも、ラテン・アメリカのカトリック教会は、そのなかに多くの進歩的な勢力を内包するようになってきているのです。

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         <pubDate>Wed, 13 Oct 2010 14:37:27 +0900</pubDate>
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         <title>第三世界の成長のシナリオ　7</title>
         <description>たしかにラテン・アメリカには、いまだに旧植民地的な古いメンタリティが色濃く残っています。


しかし、いまのメキシコやブラジルは、昔の植民地ではありません。


たとえ、いまのところはうまくいっていないとはいえ、彼らラテン・アメリカ人は、彼ら自身で彼らの経済を運営しているのです。


ラテン・アメリカ人のメンタリティが、大きく変わりつつあることを見落としてはなりません。


たとえばブラジルは、たとえ外国から導入した技術ではあっても自国でクルマを生産し、鉄鋼業を経営し、さらには人工衛星すら打ち上げています。


また、メキシコにしても、かつてのように3時間も4時間も昼食をとったり、やたらシエスタ（昼寝）する習慣は影をひそめつつあります。


彼らは勤勉であることがペイする社会、勤勉であれば、その分だけ報われる社会というものに、徐々に対面しつつあるのです。


それはメキシコの国内だけにかぎらず、ラテン・アメリカ全体にいえることでしょう。


こうした状況を無視して第三世界、怠け者論を展開するのは、少々近視眼的にすぎるといえます。

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         <pubDate>Sun, 03 Oct 2010 14:34:07 +0900</pubDate>
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         <title>第三世界の成長のシナリオ　6</title>
         <description>アメリカ合衆国などのイギリス型植民地では、彼らが生産的であり、企業家的であれば、収入は増加していく可能性がありました。


すなわち、一生懸命働けば自分自身が恵まれるという経済機構の中に生まれてきたら、人間はかならず勤勉精神を身につけるのです。


同じアメリカ合衆国でも、黒人は長い間、奴隷的地位に甘んぜざるを得ませんでした。


いくら真面目に働いても、むくわれることがなかったのです。


かつてアメリカの黒人が、怠け者でウソつきだとされたのもそうした背景があってのことなのです。


要は経済構造の問題でしょう。


経済構造が変動することによってのみ、そこに存在する人間のメンタリティも変化していくのです。


明治以来、われわれ日本人は、朝鮮や台湾の人々に対して「朝鮮人はナマケ者でウソつきのガンコ者」とか、「台湾人はノンキすぎて、働く意欲がない」などと、さんざん言いたい放題のことを言ってきました。


しかし、いま、韓国人や台湾人が「ナマケ者でウソつき」だから、韓国や台湾の経済が発展しないなどと本気で思っている人はいないでしょう。


しかし、50年前の日本では、それが常識であったことを思い返せば、第三世界の人々が無能であるがゆえに、第三世界には経済発展はないとする議論が、いかに馬鹿馬鹿しいかは明々白々と思われます。

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         <pubDate>Mon, 13 Sep 2010 14:32:55 +0900</pubDate>
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         <title>第三世界の成長のシナリオ　5</title>
         <description>こうした状況下では、救いがたい植民地根性、奴隷根性が醸成されていきます。


植民地の被支配民は、社会的に上位の人間におもね、ウソをつき、いかにくすね取って暮らすかだけを問題とします。


しかも、きわめて投機的に一発勝負でもうけ、運よくもうかったとしても、それを建設的に投資して、さらに利潤をあげようという発想は生まれません。


実際にこのような環境の下で商生き残るには、徹底的なサボタージュと言いわけという名のウソを使いわけてサバイバルするしかないのです。


植民地の農奴は、「真面目に一生懸命働けば、明日は必ずよくなる」などというメンタリティでは、生き残ることはできません。


働けば働いたぶんだけ収奪されるのだから、働くほどソンすることになるのです。


いや、それどころか、それだけ疲労して死期を早めるだけなのです。


有能であることが報いられず、むしろ弾圧の対象となる社会では、大多数の人々はおのずと怠け者になります。


日本の江戸時代は、たしかに封建的な収奪が厳しかったかもしれませんが、スペインの植民地のように、いくら働いて生産性を上げても、それが利益につながらないということはありませんでした。


労働は過酷であったかもしれないですが、農民は、工夫をこらし、勤勉に労働することによって、少しずつでも収益を上げることができました。


そうであるがゆえに、江戸時代の日本の農業の生産性は、同時代では奇跡的ともいえるほど高かったのです。
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         <pubDate>Fri, 03 Sep 2010 14:31:15 +0900</pubDate>
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         <title>第三世界の成長のシナリオ　4</title>
         <description>アメリカ合衆国とメキシコを比べると、アメリカ合衆国ほどではないにしても、メキシコには豊富な石油や鉄鉱石があり、農業も自然に恵まれています。


ところが、メキシコはアメリカ合衆国よりはるかに貧しいです。


このことを表面的にだけ見れば、アメリカ人は働き者で、メキシコ人は怠け者だからということになります。


しかし、いま、ここに述べたような歴史的経済構造の問題を考慮にいれると答えはだいぶ異なってくるはずです。


メキシコのような一切を収奪される形の植民地経営が、何世紀にもわたって続いたところでは、個々人が自分自身を企業家として、能率的に会社を運営したり、合理的な利潤を出そうなどと考える習慣をもちえないのです。


ただ黙々として奴隷労働に従事することだけが許されてきたため、そこに創意工夫が存在する余地がないのです。


かりに、そのような人間が存在したとしても、こうした体制の下では、創意工夫の企業家精神をもって働くような人間は、植民地経営にとって危険でしょう。


植民地体制の敵として抹殺せざるをえないのです。

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         <pubDate>Fri, 13 Aug 2010 14:30:05 +0900</pubDate>
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         <title>第三世界の成長のシナリオ　3</title>
         <description>このスペイン型の植民地経営は、まだ近代資本主義以前の段階です。


現地の労働力を徹底的に搾取する農奴経済に基礎を置いているのですが、このラテン・アメリカを中心とするスペイン型植民地に対して、アメリカ、カナダ、ニュージーランド、オーストリアなどで展開されたイギリス型の植民地ではだいぶ事情が違います。


これらイギリス型植民地では、本国イギリスで起きた経済的発展がふたたびくり返されました。


インディアンなどの現住民をジェノサイド同然に駆逐したあと、近代企業家的精神をもった人たちが、イギリスの産業革命で起きたことを植民地の現地に移植して、まったく同じことをくり返したのです。


スペイン型植民地では現地がいかに貧しくなろうが、そんなことは問題ではありません。


肝心なことは、富を本国に奪っていくことです。


ところがイギリス型植民地では、現地に資本を投下し植民地の経済を発展させていきます。


このことは当然、植民地と本国の経済的な対立を引き起こします。


現地に独自の経済体制が存在する以上、植民地の支配層は本国からの一方的収奪には徹底して抵抗することになります。


アメリカ合衆国のイギリスからの独立も、こうした経済的な基盤に立っておこなわれたわけです。

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         <pubDate>Tue, 03 Aug 2010 14:28:25 +0900</pubDate>
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         <title>第三世界の成長のシナリオ　2</title>
         <description>これはメキシコに、いまだ近代資本主義の契約の観念が希薄なためにほかなりません。


かりに50ペソで仕入れたものなら、その原価に諸経費と適正利潤を加え、適正価格で売るというのが近代資本主義の精神。


しかし、彼らは50ペソの商品が1000ペソで売れれば、950ペソ儲かった、それでいいのだとするのです。


その後のビジネスの信用のことなど眼中にありません。


まったく一発屋的なメンタリティなのです。


年率80%にものぼるインフレという事情があるにしても、やはり、そこに適正価格という発想がないためでしょう。


こうした事情はメキシコに限らず、どこのラテン・アメリカ諸国でも似たりよったりですが、それは、ラテン・アメリカが長いあいだスペイン、ポルトガルの植民地であったためにほかなりません。


スペイン的な植民地の特徴は、農奴制経済にあります。


それは、プランテーションの下で徹底した単品農業をおこない、バナナやココナツ、香料などの単品をタダ同然の労働力で生産し、そこからあがる利益をことごとく本国へ収奪します。


また、植民地の鉱山から産出する金、銀などもことごとく本国スペインにもっていってしまう経営方式なのです。

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         <pubDate>Sat, 10 Jul 2010 14:27:07 +0900</pubDate>
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         <title>第三世界の成長のシナリオ</title>
         <description>第三世界には、日本の常識からは想像もつかないことが数多くあります。


たとえば、メキシコのタクシーにはメーターがありません。


乗る前にはかならず「どこどこまで行きたいが、いくらで行くか？」と値段の交渉をしなければなりません。


もし交渉をせずに乗ってしまうと、本来なら300ペソで行くところを2000ペソだなどと、やらずぶったくりをされます。


現地の事情に明るければだまされることはありませんが、事情を知らない外国人などは、まさにカモネギなのです。


これは土産物屋も同様。


彼らは50ペソで仕入れた商品に、1000ペソなどという法外な定価をつけます。


土産物を買う外国人観光客はメキシコ通貨の価値がわからないから、できるだけ高くふっかけて儲けようというのです。


「1000ペソでは高い」というと、彼らは平気な顔をして500ペソ、300ペソと値下げしてきます。


1000ペソという価格は、そこから値切り始める価格として設定されているのです。

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         <pubDate>Sun, 04 Jul 2010 14:25:35 +0900</pubDate>
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         <title>環境に配慮したエコツーリズムについて・・・その１０</title>
         <description>直接的な規制を土地利用規制の中心的な方策として用いるのは、高圧的すぎると考える人も多いようです。

間接的規制を開発し施行することは、環境にふさわしい土地管理へのチャレンジともいえ、これにより直接的規制の実施を遅らせたり、最小限に抑えることが可能となります。


「価格設定戦略」
料金には、入場料のように固定のものや、利用するトレイルや地区、あるいは季節によって変動するものがあります。

料金を課すことによりサイトの利用を制限したり、促進したり、あるいは他のサイトの利用を促したりすることができます。

公有地で商業活動を行うものには、土地利用によって利益を上げる機会に対して料金が課せられます。

たとえば、一日当たり顧客一人に対して一豪ドルの支払いというようにです。

ベッド税や飲食税などのように補完財に税金を課し、ツーリズム関連収入をさらに増やし、公有地管理に役立てる方法もあります。

しかしこれはあまりにも間接的すぎ、実際に公園を訪問しない人にも影響を及ぼすことからあまり効果的とはいえないようです。
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">エコツーリズム</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">自然環境</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 17 Jun 2010 15:08:32 +0900</pubDate>
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